どんぶらこ。

川を流れる文旦の日常。

オンラインでのメンヘラの連帯とは何か?

こんばんは文旦です。

今回はちょっと、最近の考え事について書いてみます。

 

 

オンラインでのメンヘラの連帯とは何か?

 

そもそもこれを書こうと思ったのは、この記事に触発されてのことです。

menhera.jp

メンヘラ.jpはそのような考えのもと「メンヘラ」という言葉を「心の健康に問題を抱えたひと」と定義し、幅広い、しかしアンフォーマルな俗語を通しての「つながり」を提供できればと考えています。—記事より引用

 

じゃあその「つながり」ってどういうもの? どういう意味があるの? という疑問というか興味を持ったので、自分なりに考えてみたいと思います。

※なおここでは「メンヘラ」の定義を「心の健康に問題を抱えたひと」とします。

 

1.連帯とは

まず「連帯」ってそもそも何なのでしょう。辞書を引いてみます。

    1.  二つ以上のものが結びついていること。「連帯感」

      1. 「奥山の話は榛野 (はんの) という男の事に―して出るのが」〈鴎外ヰタ‐セクスアリス

    1.  二人以上の者が共同である行為または結果に対して責任を負うこと。「連帯して事に当たる」

    2. Goo国語辞典より

     1つめは、ただ「結びつくこと」、2つめは「共同である行為または結果に責任を負うこと」もう少しゆるく考えて「共同である行為にあたる」といったニュアンスでもいいかもしれません。

  1. 1つめの「結びつき」はオンラインではどのような形をとるのでしょう。SNS、ブログの読者、サイトのユーザー等、多様な形をとります。ここでは特に「Twitter」と「メンヘラ.jp」に絞って考えたいと思います。
  2. Twitterでは、結びつきとは即ち「フォロー」を意味します。フォローすることで自分以外のユーザーの「つぶやき」が見られる、「リプライ」等で会話ができる、というのがTwitterでの「結びつき」です。
  3. 「メンヘラ.jp」では、コラムを通じて「役に立つ福祉情報」や「メンヘラの手記」などが公開されており、読むことで「心の健康に問題を抱えているのは自分だけではない」と感じることができます。また「お悩み相談」では直接ユーザー同士でのやりとりが可能です。つまり、「自分だけではない」と感じること、直接やりとりをすることが、ここでの「結びつき」です。
  4. では次に2つめ「共同である行為にあたる」を考えてみましょう。ここでの「ある行為」つまり「メンヘラ」が共通して行う行為とは何か。それはやはり「心の健康の問題」からの「回復をめざす行為」あるいは「苦しい現状を何とか乗り切る行為」だと私は考えます。闘病と言ってもいいかもしれません。
  5. しかし一人ひとりが違う問題を抱えている以上、その「回復をめざす行為」はごく個人的なものであって、共同して取り組むことは可能なのでしょうか。それは次項で考えたいと思います。
  6. .メンヘラが連帯する意味
  7. 前項で出た「連帯」の2つの意味にそって、2つに分けて考えてみましょう。
  8. 2-1.「結びつく」意味
  9. メンヘラの抱える大きな問題の1つは「孤独」です。ある本では「身体疾患では同情と哀れみが集まるが、精神疾患では孤独になってしまう」「精神疾患患者はつながりを求めながらもつながりを断たれてしまう」という旨が書いてありました(本が手元にないので正確な引用ができずすみません…)。精神疾患への差別、またその差別を内面化しての自罰感情から、メンヘラは孤独になることが多いのです。
  10. その中で、Twitterやサイトの向こうに「自分と同じように苦しむ誰かがいる」と感じられること、そしてやりとりをすることで、孤独を和らげることができるでしょう。
  1. 2-2.共同して回復をめざす/現状を乗り切る

では「回復を目指す」「現状を乗り切る」ことはどうでしょうか。一人ひとり抱えている問題や状況が違う以上その行為はごく個人的なものになります。同じ問題は1つもなく、同じ回復も1つもありません。

しかし、共通点を見つけることはできます。「不眠を改善しよう」「死にたい気持ちから逃れたい」「職場に復帰できるようになりたい」「家事をしたい」等、これらはメンヘラにとってはよく目にする話です。

その共通点から、各人の知恵を持ち寄り、小さな問題1つ1つの解決をめざす。全体としての回復は各人でまったく違えど、日常的な小さな問題に落とし込めば、共通点が見つかる。共通点が見つかれば各人の知恵を持ち寄って、共同して回復に向かったり、現状を乗り切ったりすることができると私は考えます。

 

3.オンラインであること

さて、前項、前々項ではメンヘラが連帯することの良い面ばかりを見てきましたが、何事にも良い面があれば悪い面もあります。Twitterでメンヘラ同士でつながれば、前向きなツイートばかりを目にする訳ではありません。死にたい気持ちの吐露や、自殺の方法を考える場面も目にします。そこにどうやって対処していけばいいのか。

私はその解決策は、リアルのコミュニティでなく「オンラインの連帯であること」にあると思っています。リアルでは、面と向かって死にたいと言われたら、こちらも何かリアクションをせねばなりません。しかしオンラインは違います。自分にとって悪影響を及ぼす情報はシャットアウトすれば良いのです。自分に合わない記事を無理に読むことはありません。

サイトの場合は「合わない記事を読まない」は簡単だと思います。しかし難しいのは「Twitterで友人のように接しているユーザーが、自分に悪影響を及ぼすツイートをする」といった場面です。例えば普段は「おはよう、今日もよろしくお願いします」と言っていた人が、ある日突然「死にたい」と言い出したとき、どうするか? という問題。自分にとって良い情報と悪い情報を同一の人物から発せられたとき、どのように行動したらいいのか。私は無理なく、自分が心地いいように対処するのがベストだと考えます。力になれる余裕があれば励ます、余裕がなければ放置する、どうしても嫌な情報ならフォローを外す。Twitterと一歩距離を置いた付き合い方をするということです。

 

メンヘラの連帯の良い面を生かし、悪い面をできるだけ小さくする方法は、上記のように「自分に合わない情報はスルーする」という一歩引いた付き合い方です。そしてそんな付き合い方を可能にするのは「オンライン」という形であると私は考えます。

 

【私のTwitter

ではここで私の事例を。私は主にTwitterでメンヘラさん達とつながり、日常をつぶやき、たまに辛さを吐き出し、ときにリプライのやりとりをしながらそれなりに楽しくやっています。その中で素敵だと思うのは「褒める」文化があることです。

憂鬱な気分の中それでも頑張って家事をこなしたとき、用事をこなしたとき、それをつぶやくと「お疲れ様」「えらい」の言葉をもらえます。その言葉をもらうだけで、傷ついていた自尊感情が少しずつ埋められていくように感じます。

また「慰める」文化もあります。誰かがしんどい状態、死にたい気分であるときに「大丈夫?ゆっくり休んでね」と声をお互い掛け合うのです。しんどさそのものは消えなくても、その状況を肯定してもらえるだけで救われた気分になります。(もちろん持ちつ持たれつの関係ですから、私も褒めますし、慰めますよ)

そして私はもちろん、自分の状態が悪くタイムラインに自分に合わない情報が流れたときにはTwitterを閉じます。

 

【まとめ】

オンラインでのメンヘラの連帯では、ただ「結びつく」だけでも孤独を和らげる意味があります。また「共同して回復を目指す/現状を乗り切る」中で、各人の知恵を集めることで助け合うことができます。

しかしその一方で悪影響を及ぼし合うこともありますが、それを避けるには、過度にオンラインでの連帯に依存せず、適度な距離を置く態度をとることが大切です。

「自立とは、依存先を多く持つことである」という言葉もあります。オンラインでのメンヘラの連帯にも良い面はありますが、それだけに依存することは避けましょう。適度な距離をおいた連帯は、オンラインだからこそできることなのです。