どんぶらこ。

川を流れる文旦の日常。

自分語り

こんばんは文旦です。

それでは前回の自己紹介記事に続いて、経歴の詳細バージョン、もとい自分語りをしていこうかと思います。

自己紹介記事はこちら。

 

dnbrk.hatenablog.com

 

 

【~中学時代】

幼稚園まではのびのびと楽しく育っていたように思います。遊ぶことしか考えてなかった。しかし小学校では2回の転校を経験し、また女子特有の人間関係のギスギスも経て、ちょっと慎重になることを覚えました。中学校では学習塾に通いだし、部活は吹奏楽部に入部しました。それなりに忙しいながらも充実した生活だった、気がします。

中学まではメンヘラの気もなく平穏に過ごしていたつもりですが、後になって蓋を開けてみれば小学校時代一番の友達はその後メンヘラになり、中学で新しくできた友達は不登校になり、と、この頃から類は友を呼んでいたのだなあと思います。

 

【高校時代】

高校受験をがんばり、県内一の進学校へ。公立進学校あるあるですが「文武両道(勉強も部活も行事もやれ)」「自主自律(諸々の雑用も生徒がやれ)」の校風だったため、めっちゃ忙しい高校生活になりました。しかも学校内でも忙しいと評判の吹奏楽部に入り、かつ真面目に授業の復習もしていたためとにかく忙しかったです。

そんな生活が2年間続いた高校3年生の春。とうとうガタが来ました。朝起きると体が鉛のように重く、食事はおいしく感じられなくなり、感情の起伏がなくなりました。今思えば軽いうつ状態だったんだと思います。その状態は1ヶ月続きましたが、5月のゴールデンウイークを寝て過ごしたら元に戻りました。そこで「もう無理はできない」と痛感し、受験勉強はほどほどにしかがんばりませんでしたが、1・2年生時の貯蓄があったためそれなりの大学へ進学しました。

 

【大学1・2年】

なぜだかやる気に満ちあふれ、迷走していました。意識高い系活動に顔を出してみたり、サークル掛け持ちしてみたり、議員インターンシップに参加してみたり。今では意識高い系の人達は自分には合わないなあと思っていますが、彼らのプレゼン方法や話し合いの進め方等は自分の中で少し糧になっています。

 

【大学3・4年】

主に参加していたサークルの面倒くささ、親戚のごたごた、1人暮らしの寂しさ、等が積み重なりうつ状態に。最初は2・3日に1度動けなくなる程度から始まり、ひどいときには5日間入浴さえできませんでした。しかしそんな状態を半年で乗り越え、就活(公務員試験)をなんとかクリアした、と思っていたらまたうつを発症。そうです、現在の病名は「反復性うつ病」この頃から何度も回復と再発を繰り返していました。そんな中でも自分の踏ん張りと周囲の支え(当時の彼氏には本当に世話になりました)、大学の先生方のご厚情もあり、何とか大学を卒業しました。

今思えば、1年くらい休学してキッチリ病気を治していれば、今のような病状にはならなかったのかなあ…とも思いますが、それは詮無きこと。

 

【社会人1年目】

「うつ持ちの自分が仕事なんてできるんだろうか…」と不安に思っていたらアラ不思議、就職した途端うつの症状は突然出なくなりました。まあ緊張していたからでしょうね、何かを溜め込んでいたのだとも思います。案の定半年後の11月にうつが暴発。5日間失踪→帰宅→自殺未遂→両親に精神科に連れていかれ入院(仕事は休職)、のコンボでした。このとき医師に「入院したい?」と聞かれましたが、「はい」と答えた自分を褒めちぎりたい。1ヶ月半の入院で急性期は脱し、カウンセリングの効果もあって「しにたい気持ち」から距離をおくことができました。

 

【社会人2年目】

春になって職場に復職。そして冬から彼氏との同棲開始。母親と多少ギスギスしていたので、距離をおけたことを「ひゃっほー!」と喜ぶも、2ヶ月ほどでうつを再発し、2度目の休職。そして退職。

 

【現在】

そして昨年の4月から「1年間はゆっくり療養する」と決意し、ニートのような主婦のような生活をしています。最初の頃は「バイトしなきゃ!」「資格の勉強しなきゃ!」と焦ってばかりでしたが、バイトにも見事に挫折し、ゆるゆると家事をしたりウクレレを弾いたりする生活をしています。冬にも「就活しなきゃ!」と焦ったりしましたが、なんとか落ち着きました。

今は家事をしたり、友達とたまに会ったり、母とデートしたり(距離をおいたら関係が良好になりました)、具合が悪い日は寝てたりと、療養しつつ遊びつつの生活です。今度の春には引っ越す予定もあるので、それ済んだらちょうど療養生活を始めて1年が経つのでまた何か始めたいと思っています。

 

 

以上です。読んでいただきありがとうございました。

こんな私ですがこれからもよろしくお願いいたします。